韓国留学時、昌徳宮でー100年前の植物園は今も

韓国好きの皆さんは、ソウルの昌徳宮に行ったことがある方は多いと思います。私も韓国留学中に一度訪れたことがあり、この記事はその時の様子をまとめたものです。

そして昌徳宮訪問2か月後、国立中央図書館に行った際、100年前の本から、今ある昌徳宮の植物園が当時からあったことを知り驚きました。

道すがらの立ち話

昌徳宮に行った日は、午前中に電気ポットや、キム・ヨナの顔がプリントされたコーヒースティックを買ったりして過ごしました。

そういえば、キム・ヨナは私と同じ高麗大の出身で、アイススケートリンクがキャンパスにあったことが進学の理由だったとか。出席日数が足りず、レポートでなんとか卒業したという話も聞きました。そんなことを思い出しながら、昼前から昌徳宮に向かいました。

昌徳宮に行く手前の交差点で白髪まじりの背広を着た紳士に、公園の場所を聞かれました。どこの公園かも分からないので、私は日本人で高麗大で勉強していると言うと、少し日本語を知っているとのことで、その紳士は私に日本語で話し始めました。

「教授ですか」と聞かれたので、「年取った学生です」と答えると、感心した様子で隣の息子らしき男性に説明していました。そのうち信号が変わったので、私は後ろ向きに手を振って別れました。

270年の正宮、昌徳宮

昌徳宮は景福宮よりだいぶ広く、全部見るのは大変なので後宮は省略しました。1405年、朝鮮王朝第3代太宗によって景福宮の離宮として建立され、その後270年以上にわたって正宮(王朝の中心となる宮殿)として使われたそうです。

他の宮殿の多くが日本統治時代に破壊され、後に復元されたものであるのに対し、昌徳宮には朝鮮王朝時代の建物が数多く残っており、当時の様子を最もよく残す王宮として知られています。

1997年にはユネスコの世界遺産にも登録されました。今でも発掘調査が行われており、庭園や建物はたくさん写真を撮りましたが、写真データを見返したところ、残念ながら見当たりませんでした。

屋根まで届く緑、飛び交う鳥

園内を歩いていると、植物園がありました。中に入ってみると、屋根まで届くような大きな熱帯植物が生い茂り、大きくない鳥が飛び交っていました。宮殿の中にこんな空間があることに、少し驚きました。

後で知ったのですが、昌徳宮は自然の地形をそのまま活かして設計された宮殿で、丘や岩、木々といった自然と調和するように造られているそうです。他の宮殿が北京の紫禁城を手本にした威圧的な造りなのに対し、昌徳宮は山と一体化した、癒やしのある造りなのだとか。この植物園の緑深さも、そう考えると納得がいきました。

庭園を歩いていると、韓服(民族衣装)を着た若い女性が二人いました。写真をお願いすると、快く応じてくれました。最近は写真をお願いするのに、あまり躊躇しなくなった自分に気づきました。緑の中で微笑む二人と、その真ん中で少し戸惑い気味の自分、なかなか良い記念写真になりました。

2か月後に分かったこと

この昌徳宮を訪れたのは10月、その2か月後の12月、私は国立中央図書館で「新選 京城案内」という約100年前の本を見つけました。大正2年(1913年)発行のこの本には、当時の京城(現在のソウル)の様子が写真付きで紹介されていて、その中の一節に、こう書かれていたのです。

「昌徳宮には動物園、植物園があります」

読んだ瞬間、10月に見たあの植物園が頭に浮かびました。屋根まで届く熱帯植物、飛び交っていた鳥。あれは、100年前からこの場所にあった植物園の、今に続く姿だったのです。

昌徳宮はもともと、自然との調和を大切にして造られた宮殿でした。100年前の日本人向け観光案内書にもその植物園の存在が記されていました。

そして今もなお、緑と生き物のいる空間として受け継がれている。そう考えると、あの日ただ「面白かった」で終わっていた体験が、時間を超えて一つに繋がったような、不思議な気持ちになりました。

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