韓国好きの皆さんは、シニア留学生の私が韓国でどんな留学生活をしていたのか、興味津々だと思います。この記事は私のある一日を紹介したものです。
私は韓国留学中は、専ら下宿とキャンパスで生活をし、時折、道峰山の中腹にある天竺寺に足を運びました。今回は、韓国人の友人・申さんと登り、新たな二人の男性との出会いがありました。
韓国留学生活と、日々の食事
留学生活の中で、私が毎日食べている食事は、本当に体にいいものだと感じています。野菜が多く、脂っこいものはなく、ご飯も汁もいつも温かい。安い弁当や外食を食べてみて初めて、家庭料理のありがたさが分かるものです。
韓国に来てから、そう大したものを食べているわけではありませんが、それでも仁寺洞で食べたカルビクッパと、道峰山の天竺寺で頂いた餅は、格別にうまいものでした。あの寺の餅は、餅に豆が入っていて、ほんのり甘く、とても柔らかいものでした。
韓国の食事と日本の食事は、もちろん違うところも多いのですが、似ているところも意外に多くあります。主食が米であること、餅を祝い事の時に食べること、海苔を食べること、味噌汁を飲むこと。
生卵を食べているのは見たことがありませんが、目玉焼きはよく出てきます。煮干しを使い、ワカメや魚をよく食べ、薩摩芋を蒸し、カボチャを煮て食べる。これだけ似ている国も、他にはなかなかないのではないでしょうか。
道峰山駅から天竺寺へ
その日は道峰山駅で、韓国人の友人・申さんと待ち合わせをしました。そこから天竺寺まで、二人で登ります。途中、女性グループの一人に、写真を撮ってもらう場面もありました。
申さんは私より一つ年下ですが、実際の年齢よりずっと若く見えます。理由を聞くと、髪を染めているとのことでした。
「染めると若く見えますよ」そう勧められましたが、私にはその気がありません。第一、一度染めたら、その後もずっと染め続けなければならず、面倒です。白髪は男の勲章だ、などと、私は勝手に威張っています。
ビビンバと、日本語を話す男性
天竺寺に着き、また例のビビンバをいただきました。前回訪れた時は秋夕(チュソク 旧暦に行う韓国の盆)だったので、餅など特別な料理も出たのですが、今回は普段通りのビビンバです。
食事をしていると、後ろの席の男性から、日本語で声をかけられました。「日本人ですか、中国人ですか?」私が「どこで日本語を覚えたんですか?」と尋ねると、その方はこう答えました。
「終戦(韓国では解放)の時、小学校6年生でした。小学校で日本語を習いました」戦前の朝鮮の小学校で日本語教育を受けた世代だということです。計算すると、今は80歳くらいにはなるはずです。
それ以上、深くは聞きませんでした。そのまま食事を続けていると、彼は後ろから飴をひとつかみ、私の前にそっと置いて、去っていきました。
寺の裏でのコーヒータイム
昼食の後、申さんが「寺の裏に日当たりのいい場所があるから、そこでコーヒーを飲みましょう」と誘ってくれました。行ってみると、本当に日当たりの良い場所で、そこでコーヒーとチーズケーキ、りんごをご馳走になりました。
申さんは本当にマメな人で、彼と一緒にいると、飲み食いの心配はいりません。いつも全部準備してくれるのです。
それから寺に戻り、申さんの友人を紹介してもらい、三人で一緒に下山することになりました。その友人は、どこか坂上二郎に似た、面白い人でした。
下山、そして人との出会い
下山の途中、少し休憩を取りました。そこで申さんと友人の二人が「これから将棋をやろう」と言い出しましたが、私は将棋も碁もできないので、そこで二人と別れ、一人で下山することにしました。
日曜日でもないのに、山にはそれなりに人が来ていました。木々は少しずつ、黄色く色づき始めていました。
今日は、新しく出会った韓国人が二人も居ました。二人共、私より10歳位上の男性ですが、二人の人生には、私とは違った人生があったことでしょう。それでも、この韓国の道峰山の天竺寺で出会えたことは、考えてみると不思議です。これが人生の面白さなんだと思いました。

コメント