韓国好きの皆さんは韓国国立中央図書館に行ったことがありますか?この記事は韓国留学時、私が最初に国立中央図書館を訪れた時の様子をまとめたものです。
知識では知っていましたが、実際に朝鮮総督府図書館の本を手にした時は、昔のソウル(京城)の空気を感じました。
入館手続き
韓国に留学していた時、国立中央図書館に行きました。図書館に着いて会員登録をし、一日利用カードをもらって中に入り、目指す本をパソコンで見つけるのに、韓国語なので時間がかかり、何とか探し当て図書番号をメモして受付に渡し、何とか話は通じました。
ところがその本は見当たらないと言う、どうも1~3巻まであり、1冊なのか、3冊あるのかよく分からないらしい、1920年代の本だからか?
もうお昼で予定の授業の時間だし、今日はこれで帰ることにしました、今日は会員登録ができただけで十分。帰りに本の貸出はするのか聞いたら、やっぱりだめだとのことでした。
朝鮮総督府時代の本
会員登録すると、インターネットで読みたい本を予約できます。私もやってみたら、スムーズに完了のメッセージまでたどり着けました。
翌日、図書館に行きましたが、前日予約した本は窓口に用意されていました、普通の本はその日に出してもらえるが、別途保存されている古い本は申込翌日でないと借りられないそうです。
出て来たのは、私みたいにすすけた本でした。タイトルは「新選 京城案内」といい、発行年を見ると大正2年(1913年)とありました、約100年前です。最初に当時の京城の写真が並んでいて、南山の下にあった朝鮮総督府、今の韓国銀行(中央銀行である)の建物は当時は朝鮮銀行、三越呉服店京城支店は今は新世界デパートが使っているのが載っていました。そしてこの前行った昌徳宮には当時、動物園、植物園がありました、植物園は今でもあります。
一番感動したのは後ろに朝鮮総督府図書館と書かれた丸いゴム印と、昭和9年修理された時のゴム日付印があったことでした。1945年終戦に、あわてて日本人は引き揚げたので、本など日本に持ち帰る余裕はなかっただろうと思います。ここにはそういう本がいっぱいあると思うと、ここに来るのが楽しくなってきました。
見た本は約100年前のハングルで今のハングルと全然違うものでした。本の最後のほうには各種商店・会社の広告が一杯載っていて、町名も日本式です、本町(今の明洞)、黄金町、明治町等々。この頃、京城には6万人弱の日本人が住んでいたと言います。当時の京城は城壁の中だけが市街地ですから、今見ると非常に狭い、その一等地に日本人が住んでいたことになります。
そんな古い本を読みながらふと顔を上げると、周りには熱心に本と向き合うシニアたちがいました。
勉強好きな韓国人
広い図書館を見回すと。平日のせいか、私と同じシニア世代の人々が熱心に本と対峙している光景があちこちで見られました。若者の受験戦争で知られる韓国ですが、シニア世代も「学歴や知識が人生を豊かにする」という価値観を持ってるようです。
韓国は世界でトップクラスのIT社会です。日常生活の多くがデジタル化されているため、乗り遅れまいとするシニアがいるのかも知れません。韓国の国立中央図書館などのデータによると、公共図書館の利用者全体に占める60歳以上のシニア層の割合は過去10〜20年で約2倍に増加してるそうです。
数あるシニア層の中でも、特に退職した高齢男性(リタイア層)の利用が圧倒的に多いという特徴があります。 冷暖房が完備され、お金をかけずに一日中過ごせる安全な場所として重宝されているようです。
本を一通り眺めて12時に図書室を出て、図書館内の食堂に向かいました。
食堂
昼になったので、受付の女の子に食堂の場所を聞いて食堂に向かいました。メニューはどれも4,000ウォンでした、食券の自動販売機は図書館利用カードがないと買えないようになっていました。
選んだメニューのあるカウンターへ空のトレーを持っていって、トレーによそってもらいます。私はキムチチゲにしました。ご飯、キムチ、お茶、ジュースは食べ放題、飲み放題です。
隣は売店になっていました。売店て写真を撮っていたら、売店のおばさんが、写真撮ってどうする? と聞くので、私は日本人で面白いから撮っていると言ったらニヤニヤ笑っていました。
今日の受付の女の子は愛想が良かった、帰る時も私を見ているので手を振ってやりました。

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