韓国留学中、開天節に歩いたソウルの街ー明洞から東大門まで

韓国好きの皆さんはソウルの名所に留まらず、韓国各地の名所も訪れたことと思います。この記事は私が韓国留学中の開天節の日に、自転車でソウルの街を気ままに歩いた時のことを書いたものです。

とても全部は書ききれませんが、印象に残った処だけでも韓国の近現代史に触れることができました。教室で学んだことを、言葉だけでなく、直接、自分の目で確認できる、それが韓国留学の面白みかも知れません。

韓国留学中に、開天節の日に街に出る

今日、10月3日は개천절(開天節、ケチョンジョル)で、韓国は休日でした。前回の休みは山に登ったので、今日は街に出てみようと思い、下宿から南西に向けて自転車を走らせました。

下宿から明洞まで、なんとわずか30分ほどで着いてしまいました。こんなに近いとは思っていなかったので、これから色々な場所を見て回れそうだと、少し楽しみになりました。途中、昌徳宮の前を通りましたが、今日は素通りしました。

公園で見た、開天節のセレモニー

途中、公園で開天節のセレモニーが行われているのを見かけました。壇の上には、豚が二匹と、牛の頭が供えられていました。

韓国の祝祭日は、大きく「名節」と「国慶日」などに分かれています。名節(ミョンジョル)は伝統的な民族行事を行う日のことで、旧正月(ソルラル)や秋夕(チュソク)が該当します。国慶日(クッケンイル)は国家の慶事を記念する日で、5つ(三一節、制憲節、光復節、開天節、ハングルの日)あります。

開天節は、檀君(タングン)神話に基づく韓国の建国記念日で、紀元前2333年に檀君が古朝鮮を建国したとされる日を記念しているのだそうです。

文字通り「空が開いた日」を意味し、建国を祝うと同時に、天に感謝する伝統的な行事でもあるとのことでした。目の前で行われていたセレモニーは、まさにその伝統に連なるものだったのでしょう。

新世界百貨店、三越京城支店の面影

明洞に入る手前で、「新世界」という百貨店の建物を見つけました。この建物、実は戦前の三越京城支店なのだそうです。今も昔も、この場所が商業の中心地であり続けていることに、少し不思議な感慨を覚えました。

また、近くに戦前の朝鮮銀行本店も見ることが出来ました。解放後は韓国銀行本店として1987年まで使われ、現在は銀行機能は新館に移し、内部は韓国銀行貨幣金融博物館として一般公開されています。

そして、ソウル駅の敷地内に保存されている旧京城駅は、東京駅に似た赤レンガ造りの建物で、時の流れを感じさせない偉容を誇っています。2004年の高速鉄道(KTX)開通に伴う新駅舎の完成により駅としての役目を終えました。

日本人で賑わう明洞

明洞は、何年か前に娘と一緒に来た時と、あまり変わっていないようでした。あちこちから日本語が聞こえてくるので、今日もたくさんの日本人観光客で賑わっているのだろうと思います。

以前食べに行ったことのあるおかゆ屋さんの案内看板も出ていました。ここもきっと、日本人観光客でいっぱいなのでしょう。

明洞の先には、明洞大聖堂がありました。1980年代の全斗煥軍事政権の時代には、6月民主抗争で、デモ隊が明洞大聖堂に立てこもり、教会側も彼らを積極的に支援し、民主化運動を後押ししたという民主化運動の聖地でした。

東大門、興仁之門

最後に訪れたのは東大門(トンデムン)でした。門には興仁之門(フンインジムン)と書かれています。東大門というのは、あくまで俗称のようです。

現在では曲線が特徴的なソウルの近代的なランドマークがあり、深夜から明け方にかけてファションビルや卸売市場が営業し、24時間営業の飲食店が集まる、「眠らない街」と呼ばれる、ソウルの欠かせない名所です。

興仁之門は、今から約600年前の朝鮮時代初期に外敵から都を守るため、現在の韓国ソウル中心部の周囲には城郭が築かれた東の城郭門です。半円形が特徴の城郭門で、東大門の通称で国内外の多くの人に親しまれています。

朝鮮時代から今日に至るまでの約600年間、時代ごとに、このエリアは変化を重ねてきましたが、唯一変わらないのが興仁之門。これからも東大門エリアの象徴として、街の趨勢をずっと見守り続けて行くことでしょう。

青空の下にそびえる古い城門を眺めながら、開天節という祝日にふさわしい、歴史を感じる一日の締めくくりになりました。

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