韓国留学中、自転車で巡った秋の街角

韓国好きの皆さんが、韓国に行った時の移動手段はなんでしたか?恐らく電車、タクシー、地下鉄、バスなどが多く、私のように自転車という方は少ないと思います。この記事はその自転車散策で私が経験したことをまとめたものです。

韓国留学中、時間を持て余した時、私は小旅行もしましたが、多くは自転車散策で過ごしました。縦横無尽に走れる自転車のお陰で私は韓国の四季を肌で感じ、ある時はキムジャン(キムチ漬け)の現場を見、庶民の生活に触れることが出来ました。この記事はその一部をまとめたものです。

韓国留学中、下宿を出て愛車で

韓国留学中、私は下宿で勉強に飽きると、運動を兼ねてよく自転車で近所を散策していました。

自転車には私だけが呼ぶ名前がありました。それは「スネーク号」です。「ソウルの街を蛇のように縦横無尽にくねくねと走ってくれ」という願いをこめて命名したものです。ライトも籠もないシンプルな自転車でしたが、タイヤはマウンテンバイク並みに太く、前後輪とも十段変速で、留学中の私の足であり、欠かせない存在で、まさに愛車でした。

散策ですから特別な目的地があるわけでもなく、ただ気の向くまま自転車で走り回るだけでしたが、そんな何気ない散策の中で、気に入った景色は写真に収めていました。他の乗り物では出来ない縦横無尽にどんな狭い所にも行け、有酸素運動になり、お金もかからない、それが自転車のいい所です。

それでは写真を見ながら、道峰山登山の友が、「9月が一番美しい」と語っていた秋の韓国の、私が住んでいた街を見ることにしましょう。

黄色い菊と、銀杏を拾う老夫婦

街を自転車で走っていると、いろいろな発見がありました。世の中はじっとはしてないもので、先日も近くで工事していて何ができるかと思ってたら、喫茶店が開業していて、日本と同じように記念のリボン付きの植木には「開業」と漢字で書いてありました。

じっとしていないのは自然界も一緒で歩道の花壇に咲く花も菊に変わっていました。それは本当に見事な黄色で、秋の街を鮮やかに彩っていました。

私はその花壇の傍のベンチに座って道行く車や人を眺めるのが好きで、時々、緑色のマウルバス(村バス、地域の小型の循環バス)が通りました。一度乗ってみたいと思いましたが、自転車があるせいでついに一度も乗りませんでした。そうしているうち、10月になり朝の最低気温は10度を切り、山間部では雪が降り始めました。

街にはイチョウの木も多く、それが10月になると銀杏の実が落ちてつぶされて、傍を通ると少し臭くなりました。ある銀杏並木では、老夫婦が銀杏拾いをしている姿を見かけました。旦那さんが木を揺すり、奥さんが一生懸命、落ちてきた銀杏を拾い集めていました。息の合った、ほほえましい光景でした。

街角のスナップ

街を走っていると、路頭で鯛焼き(プンゴパン 붕어빵)を売る屋台にも出くわしました。韓国では鯛でなく鮒パンというのが可笑しい。近くの小学校では、ちょうど昼休みだったのか、子供たちが校庭でボール遊びに興じていました。日本の小学校の昼休みと変わらない、屈託のない光景です。

教会は街のいたるところにあり、しかも周辺の建物の中で、ひときわ立派な建物であることが多いのが印象的でした。韓国民の3割ほどがキリスト教信者だと言われており、韓国語の女の先生も日曜日は教会に行くといって、パーティーに遅れて来ました。日本とはずいぶん事情が違うようです。この違いの背景には、いろいろな歴史があるのだろうと思いますが、それはまた別の機会に。

自分のことを言うのも何ですが、私は小さい頃から道に迷うことがありませんでした。考えてみると高校に入るまで11回も引っ越しをし、遊びに遠くに行っても本能的に帰り道を覚えていたんだと思います。その方法は建物を始めとした目印を記憶しておくことでした。韓国に来ても自転車でかなり遠くに行っても、帰りに迷うことがなかったのはそのお陰だと思います。

道を聞かれる

自転車で走っていると、道を尋ねられることが度々ありました。ある時は、年配の男性に郵便局の場所を聞かれました。またある時は、交差点で信号待ちをしていると、バイクに乗った若者が近づいてきて、「釜山まで何キロあるか」と聞かれたこともありました。適当に「400キロくらい」と答えたのですが、後で調べてみると、案外いい線をいっていました。

考えてみると、留学で韓国に来て、韓国の食べ物を食べ、話す言葉も韓国語であれば、韓国人と変わらない生活をしていた訳ですから、街に出れば韓国人と見られるのは当然なことでした。当時、街にでると韓国人に道を聞かれることが多く、甚だしいのはパトカーに乗った警官にも道を聞かれました。今思えば、それが留学することであり、当たり前のことだったと理解しています。

高麗大学は城北区の開運山という山の麓の高台あり、自然好きな私にとって最適な立地条件だったと思います。それに自転車を日常の移動手段にしていたお陰で、韓国の日常を深く知ることが出来たと思います。

 

 

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