韓国語作文と間違えたハングル書道4ヵ月!先生の扇に書かれた言葉とサンドの商道が重なる

韓国語「한글 서예 」がハングル書道であることを知ってる日本人は、果たして何人いるでしょうか?この記事は私が韓国留学中に韓国語作文と間違えてハングル書道を4ヵ月習った体験をまとめたものです。

また、帰国して韓国ドラマサンドを観て、ドラマで描かれている商道が、ハングル書道の先生から頂いた扇に書かれている内容と共鳴することも書かれています。

間違えてハングル書道に入ってしまった笑えるエピソード

韓国留学していたある日、私は下宿のおばさんに一枚の紙切れをもらった。それはソウルの城北区役所が主催する区民向けの文化教室の案内だった。私はそれを一通り眺めて「한글 서예」と書かれていたのをてっきり「韓国語作文」と勘違いして申し込んでしまった。

下宿のおばさんに帯同してもらって、さっそく城北区のコミニュティセンターの会場へ行ってビックリ仰天、何と皆書道をやっているではないか!仕方ないと覚悟を決めて仁寺洞へ行って筆や墨汁を買って小学校以来の書道をやることになった。

先生は背の高い女の人で生徒30人位は、ほとんど中年の女性だったが男性が二人居た。私は自己紹介のつもりで大学新聞からインタビューを受けた時の私の写真入りの新聞を差し出した。先生を始め生徒みんなが私の記事に見入っていた。韓国語も自由に出来なかったので、いい自己紹介になったかなと思います。

それから、50年ぶりに書道をやる羽目になったのですが、先生やみんなが「시게루산(滋さん)」と日本にいる時と同じように呼んでくれ、親切に教えてくれました。4ヵ月間、週に2回程度、毎回無欠席で通いました。

4ヵ月の書道教室で得たもの

ハングル書道教室で得たものは、韓国語で言えば、大学の韓国語の授業では得られない意思の疎通の実技でした。お互い知っている限りの言葉で話す、いわば無人島に異国人同士が暮らすようなものでした。でも不思議と気持ちというものは通じるもので、何より同じ人間でした。

大阪の橋下知事が竹島に関して日本で発言したニュースが韓国でも放送された時、教室のある女性から「独島(竹島)は日本の島か?韓国の島か?」と問い詰められたことがありました。でも、日本に居た時、指導教授の竹島問題に関する論文を読んだことがあるので、説明には歴史的資料が必要と思い、感情的な話には適当に答えておきました。

書道の題字としてさまざまな格言が出てきました。例を挙げると「고생 끝에 낙이 있다(苦労の果てに楽がある、日本では苦あれば楽あり)」「티끌 모아 태산(塵を集めて泰山、日本では塵も積もれば山となる)」「우물 안 개구리(井戸の中のカエル、日本では井の中の蛙大海を知らず)」等々、日本も韓国も同じ意味のことわざがあることに親しみを覚えました。

何と言っても一番の思い出は、練習の後に女性達が持って来たキムチ、海苔巻、スンデ(韓国式腸詰め)、果物で一緒にお昼を食べたことでした。それまで書道をやっていたテーブルが女性達の調理台に早変わり、キムチ等を刻む姿は韓国家庭を垣間見るようでありました。味は日本で食べるのと違ってオリジナルなおいしさで、今考えれば実に栄養満点な昼食でした。

別れの日に先生からもらった扇

ついに、帰国する日が近づきハングル書道も最終日を迎えました。先生は随分時間をかけて筆で扇に何か書いていました。そして帰りに私への餞別としてその扇をくれたのでした。そしてその日の帰りには先生と4人の女性が私と一緒に街に出て昼食のご馳走までしてくれたのでした。

下宿に帰って先生からもらった扇を開いてみると先生の美しい文字で次のように書いてありました。
ハングルですが、私の訳文をつけて全文紹介します。

희망찬 사람은 그자신이 희망이다       「希望に満ちた人はその人自身が希望である」
길 찾는 사람은 그자신이 새 길이다      「道を探し求める人はその人自身が新しい道である」
참좋은 사람은 그자신이 이미 좋은 세상이다  「本当に良い人はその人自身がすでに良い世である」
사람 속에 들어 있다 사람에서 시작되다    「人の中に備わっている 人から始まる」
다시 사람만이 희망이다           「再び 人だけが希望である」

계사년여름  〇〇(私の名前) 큰뜻을 이루세요「癸巳年(2013年)夏 大きな思いを遂げよ」

行間には赤字で사람 (人) 희망(希望)  큰뜻(大きな思い)と書いてありました。

サンドの商道精神との共鳴

今、先生の扇に書いてある言葉を振り返って見ると、その中で特に最後の言葉、「人だけが希望である」が、私が前に書いた「現代のビジネス書より深い!韓国ドラマサンドの名言6選」の中の名言師ホン・ドゥクチェの言葉「商売とは金を稼ぐことではなく、人を稼ぐことだ。利益を残すのではなく、人を残せ。人が残れば、お金はついてくる」の言葉と響き合います。

この二つの言葉が共鳴するのは偶然ではなく、韓国文化の根底にある「人」への敬意が共通しているからだと思います。一方は短い間だけど、一緒にハングル書道を学んだ日本人への今後の指針として、一方はこれから商売を始めるサンオクへの指針として、表現は多少違っても言ってることは同じです。

サンオクはまさに、この商道精神を守って朝鮮随一の商人になりました。私は韓国語作文と間違って始めたハングル書道ですが、どこの文化教室よりも、韓国人と深い文化交流が出来たと思います。良く「災いを転じて福を為す」と言います。サンオクはまさにこれで、降りかかる危機、苦難が成功の原因に為っていることはドラマの通りです。

私の場合も、間違って選んだハングル書道が「災い」とならず、かえって韓国を知り、韓国人と交わる良き機会となり、文字通り「福」となりました。そこには二つの言葉に共通する「人」への敬意があったのではないかと思います。

先生の扇に記されたことが、サンオクが商道を貫いた200年前のドラマと同じく、韓国人の「人への敬意」だったことことがはっきり記録されています。「癸巳年夏=2013年夏」と。

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