韓国ドラマ チエォクの剣は私にとって韓国の潭陽(タミャン)の竹林を思い出させるドラマです。この記事はその潭陽をガイドの案内により偶然訪れた私の体験です。
潭陽では3か所を訪れましたが、どれも素晴らしいものでした。韓国はソウルばかりではありません。地方にこそ本当の韓国・朝鮮の魅力があります。
この記事を読んで、皆さんが今まで知らなかった新たな韓国の魅力を感じとって、隣国、韓国の新発見になることを願っています。
チェオクの剣の竹林シーン
チェオクの剣「原題 茶母(タモ)」は私が冬のソナタの次にNHKBSで見た韓国ドラマです。冬のソナタから一変、チェオクの剣ではワイヤーアクションやCGを使ったアクションシーンが多く驚かされました。第1話からいきなりチェオクとソンベクの竹林での決闘シーンもそうでしたが、これはドラマの結末を暗示してるようです。
ストーリーは御存知のように朝鮮の「士禍」と呼ばれる国王を中心とした士林派と勲旧派の権力をめぐる争いで、父を粛清された娘チェヒ(後のチェオク)と兄のチェム(後のソンべク)が、それぞれ剣の達人となり、チェヒは捕盗庁(ポドチョン)の茶母(お茶汲みなどの下働きをする人)となり、チェムは国家転覆を狙う反乱軍の統領となり互いに争うことになるドラマでした。
そこに、チェオクとは兄妹同様に育ち、捕盗庁の従事官(チョンサカン)となったファンボ・ユン(イ・ソジン)がいて、身分の違うチェオクとの切ない恋を演じますが、最後はソンべクに切られて死ぬのでした。イ・ソジンは後にイ・サンで主役を務め、チェオク役のハ・ジウォンは後にファン・ジニや奇皇后で主演を務め、それぞれ日本のファンも多いようです。
ドラマでは、二人が実の兄妹であることは兄のソンべクが先に知ることになっています。やがてソンべクは追討軍に追いつめられて、チェオクの剣に切られます。そしてチェオクに切られたあと、ソンべクはチェオクにに向かって一言、「チェヒや!」とつぶやくのです。チェオクはその時初めて、ソンべクが捜していた自分の兄であることを知り、矢を射られるソンべクに抱きつくのでした、やがて二人は抱き合ったまま倒れ、チェオクが最後に「お兄ちゃん」と呼んで亡くなる瞬間は、涙が止まりませんでした。
華厳寺から潭陽への旅
さて、私が2010年に南韓国の旅に出かけたのは、それまで釜山、ソウル、江原道には行ったことがあるが、釜山を除く南部地方には行ったことがなかったので計画したものでした、事前に計画したルートはソウル→慶州→全羅南道求礼郡華厳寺→南原市→光州というコースでした。南原市が入っているのは、そこが韓国の小説やパンソリとして有名な「春香伝(チュニャンジョン)」の舞台だったからです。
さて、その時の旅は鉄道が中心だったことも特徴的だったと思います。ソウルから東大邸までは韓国の新幹線KTXで行き、東大邸から慶州までは東海線を利用し、釜山から求礼までは高速バスですが、求礼から南原市までは全羅線、南原市から光州までは湖南線で行きました。11月のことで、初めて車窓から見る韓国の田舎の、稲を刈った後の風景は日本と同じで心がなごみました。
その旅の終点の光州駅で待ち合わせたガイドの女性は実はプロのガイドではなく、普通の女性でした。というのも、私が日本で親しくしていた韓国人の韓国語の女の先生が、韓国語がおぼつかない私のために、自分の友達である光州にある朝鮮大学の教授に、私のガイドの手配を頼んでおいくれてたのです。ガイドをしてくれたのはその大学に勤めていた日本留学経験のある若い女性でした。
彼女は日本留学時は埼玉県の小手指に住んでいたそうで、ある程度日本語が出来る人でした。彼女が言うには光州は見るところがないと言って、バスに乗って連れていかれたのが潭陽だったのです。
潭陽の竹林体験
潭陽に着いて、彼女に最初に連れていかれたのがまさに「竹緑苑」という竹林公園でした。約3万坪もの敷地に多数の種類の竹が植えられており、敷地内には竹を使った伝統工芸の工房もあり、実際に名人の制作風景も見ることが出来ました。竹林はその時は印象が強くなかったのですが、今、チエォクの剣を見るとまさに第1話の最初に出てくる、チェォクとソンべクの竹林でのワイヤーアクションが行われた竹林と瓜二つでした。このシーンのロケもきっとここで行われたに違いないと思います。
という訳でチエォクの剣の竹林を見たのですが、実はもう一つ印象に強く残っているところがあります。それは「竹緑苑」の次に連れていかれたメタセコイア通りです。総8.5kmと言われる道の両側に高木のメタセコイアが並んでる姿は日本では見たことのない素晴らしいものでした。それは2006年に「韓国の美しい道100選」で最優勝に輝くなど、韓国が誇る美しい道として広く認知されているものでした。
その日は日曜日で、並木通りの切れたスポットでは、小さな舞台が組まれ、いろいろな韓国伝統芸能が演じられていました。そのうち、女性によるパンソリが始まったのです。ついちょっと前に南原市の広寒楼苑(クァンハンルウォン)で、春香伝の春香と夢龍(モンニョン)の物語の大きな絵を見て来たばかりなのに、それをまた潭陽でパンソリで聞けるとは、何とも言えない満たされた気持ちになりました。
潭陽ククス通りの真っ赤なククス
次に遅い昼食にと連れていかれたのが、「竹緑苑」の近くにあるククス通りです。ここは文字通り、潭陽川を挟んでさまざまなククスが食べられる店が並んでいました。私は名前は覚えていませんが、唐辛子がたくさん入ったククスでしょう、真っ赤なククスを食べました。
味は見た目ほどは辛くはなく、さまざなトッピングがありましたが、私はゆで卵を頼みました。外の軒の席で食べたのですが、韓国時代劇で見る朝鮮時代の酒幕も外にある席であり、私はそれらを連想しながら食べました。
そして光州駅に戻って彼女と別れる時、彼女はプロのガイドでないのでお金のことは何も言いませんでしたが、私が10万ウォンを差し出すと、「ちょっと、多過ぎるんじゃない」と言うので8万ウォンにして渡しました。それと彼女を手配してくれた朝鮮大学の先生へのお礼としてケーキを買って彼女に渡しました。
私は予定外の潭陽訪問であり、何の予備知識もなく訪れたのでしたが、彼女のお陰で潭陽の名所を3か所も見れてとても満足でした。今、チエォクの剣を見て懐かしく潭陽の竹林を思い出すことが出来るのも全く彼女のお陰です。
それと言うのも、全て日本の大学の韓国語の先生のお陰で、私は、人の縁というものは大事にする限り、無限に広がるものだということを教えられました。

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