高麗大前の名店パジョンと日本で出会った韓国教師との縁!チヂミが結んだ二つの思い出

韓国旅行に行かれた皆さんは、きっと韓国で色んなチヂミを食べたことと思います。この記事はパジョン(ねぎチヂミ)の縁で、私と韓国の日本語教師が親しくなったことを紹介しています。

その縁の元となったのは高麗大正門前にあった小さな店「ナグネパジョン」です。まだ、その店があるかどうか、最近韓国のネットで調べたところ、今だに健在のようでうれしくなりました。

パジョンとは何か

パジョン(파전)とは韓国語のパ(파 ねぎ)とジョン(전 煎)から成り、切ったねぎ小麦粉でまぶし、溶き卵にくぐらせてフライパンで焼いたものを言います。日本ではチヂミとも、お好み焼きとも呼ばれます。ねぎの代わりにイカ、タコなどを入れれば韓国ではヘムル(해물 海産物)ジョン、日本では海鮮チヂミと成ります。

韓国では、雨の日にチヂミをつまみにマッコリがよく飲まれます、それはチヂミを焼くチリチリという音が雨の音と似ているためとも言われています。チヂミという呼称は慶尚道などの方言で使われることが多く、日本でチヂミという呼称が定着した背景には、在日朝鮮人に慶尚道出身者が多かったことが関係すると考えられます。

私が高校生の時は家で、小麦粉を水で溶いて、キャベツ、紅ショウガを入れてフライパンで焼いたものを、よく自分で作って食べたものです。日本のお好み焼きに近いものだったと思います。割と薄く焼いたアツアツのものを食べるのですが、米飯に飽きた口にはとてもおいしく、何枚も食べたものです。

韓国に旅行に行った時や留学していた時は色々なジョンを食べました。登峯山(トボンサン)の帰り、江華島への小旅行の際、食べたジョンは割と薄いものでしたが、日本のお好み焼きと比べると、粉が固くなるまでしっかり焼かれていました。広蔵市場で食べたものはかなり分厚いものでした。

高麗大前のナグネパジョン

韓国ソウルにある高麗大学へ留学(2012~2013)していた時です。韓国語の女の先生が授業中に正門前にナグネパジョンというパジョンのおいしい店があるという話をされました。私は2~3日後に早速、独りで行ってみました。確かに正門前でしたが、表通りではなく、裏の飲食店が密集してる一角にその店は在りました。

ナグネ(나그네)とは、旅人という意味です。店は裏通りにあるだけに大きくはなく、地元の人らしき客が数人居る程度でした。店内に入ると強烈なマッコリとパジョンの香りが店内に満ちていました。私はパジョンを注文してみましたが、出てきたのは厚く良く焼かれたパジョンでした。

今、NAVER(韓国のインターネット)で、留学先の高大新聞(2004年)を見ると、ナグネパジョンの創業者のインタビューが載っています。1989年に事業を始め、現在は息子さんと一緒にやっている。「20年以上やっていて、多くの客が来る理由は4,000~5,000ウォンのパジョンの値段がまだ変わっていないからです」と語っています。そして「高麗大学の学生は以前ほどお酒を飲まなくなっています。生徒たちがどんどん大人しくなっているように感じて、昔の時代が恋しい」とも語っています。今も高麗大正門前のナグネパジョンは健在なようです。

ナグネパジョンは日本にもあるような、学生相手の居酒屋や食堂をイメージさせるものでした。言葉だけでなく、このような店を教えてくれることこそ、韓国語教師の役目なのだとつくづく思います。

日本での偶然の出会い

次は韓国留学から帰国後、わずか4ヵ月で卒業論文を書いている時のことです。私は韓国語の授業だけは受けていました。その韓国語の韓国人の女の先生から思いがけない誘いがありました。それは、イオンで買い物をしていたら、韓国から来ている日本語の先生と鉢合わせし、自分の生徒と食事会をすることにしたから参加しないかというものでした。

彼らは外務省の日本語国際センター(さいたま市)という海外日本語教師を招聘し、海外での日本語教育の支援促進を目的とする日本初の中心的・総合的拠点施設に滞在していた、韓国の中学・高校の日本語教師達でした。彼らもイオンに買い物に来ていて、先生が韓国語が聞こえるので話しかけたのでしょう。

私の隣に座った女性と話をしているうちに、韓国の食べ物で何が好きかという話になり、私は「パジョンをつまみにマッコリを飲むのが好きだ」と言った時、ナグネパジョンのことを思い出し、その話をしたら、なんと、彼女もナグネパジョンに行ったことがあることと分かり、その後、話が弾んでいったのです。

誰にも話したことがなかったナグネパジョンの思い出が、思いがけず韓国人女性との話題になったのです。これも定年後を学びの場に置いた私の判断がもたらしたものです。

人の縁というもの

韓国ドラマから始まった私と韓国との縁はもうじき、20年になろうとします。その間ハングル教室に通い、韓国旅行し、大学に社会人として編入学し、定年後は、韓国留学もし、大学院にも入り、韓国各地を訪ね、韓国人とも色々な場面で、色々な人と出会いましたが、常にあったのは人の縁でしょう。

韓国でハングル書道の先生から、餞別に頂いた扇に書かれている言葉、「人だけが希望である」を見るたび、いまさらながら先生の深い教えに感謝するだけです。

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