正祖が生涯をかけた華城に立つ!韓国ドラマイ・サンの舞台、水原日帰り旅行の記憶

韓国ドラマ好きの方は、正祖はイ・サンの王号であることを御存知かと思います。この記事は正祖が生涯をかけた華城のある水原市を訪れた時の記憶です。

この記事では、旅行により、祖父の英祖譲りの明晰な頭脳を持ち、武術にも優れた正祖の人生をかけた事業が何であったかが、私の華城を歩いた体験と共に分かります。

正祖と華城の関係

ドラマイ・サンで見る通り、25歳で即位した正祖(チョンジョ)は即位式に集まった老論派の面々に「余は思悼世子(サドセジャ)の息子である」と宣言し、それまで心に秘めていた父の復讐の実行を開始しました。

それが具体化されたもので、今も遺跡として残っているのが華城(ファソン)です。父を偲んで1789年に墓所を楊州(ヤンジュ)から水原(スウォン)へ移し、墓所の周囲を防御するために華城は建設されました。そこへの遷都の計画により多くの商工業者を誘致し、自らの政治的理想を実現する象徴的都市が水原でした。

水原華城は老論を排除して実学を重視した正祖の理想都市であり 東洋と西洋の技術を融合させた設計を行ったのはドラマでも出てくる朝鮮後期の実学者丁若鏞(チョン・ヤギョン)です。これは当時の朝鮮の築城技術・建築美術の粋を集めたものでした。また、首都漢城に文芸、学問の振興のための奎章閣(キュジャンカク)を設置しました。

この奎章閣は現在はソウル大学に所属し朝鮮の歴史的記録物の重要な所蔵庫として機能しています。実は私が初めて韓国語を習った女性は、東京大学大学院の韓国朝鮮文化研究室を経て、現在ソウル大学の奎章閣の研究員をしています。私も少しは正祖と縁があるようです。

水原への日帰り旅行

9時に水原市へ向かって出発しました。高麗大駅で中学生位の女の子に行き方を聞きましたが、水原(수원)を2回言っても通じないので手のひらに書いたら、分かってくれてスマホで調べてくれました。水原(수원、スウォン)のㅜ(ウ)は日本語にない発音で、つい日本語のウで発音してしまったようです。

女の子が遠いと言っていましたが本当に遠いところでした。ソウル駅を出ると地上に出たので景色を眺めながら行きました。水原に近くなり、隣の若い男性に水原市内のどこかへの行き方を聞かれましたが、私が日本人に見えないのでしょうか?私が知っているはずもありません。

1時間少々かかって水原駅に着きました、水原駅はKRAIL(韓国鉄道)の駅でもあり、ソウル駅よりも大きくきれいでした。人口100万人余りの京畿道の道庁所在地であり、私の知っている限りでは日本の仙台市や長野市みたいな感じでした。

日本からの海外旅行と違い、時間の制約がないので、ゆったりとした気持ちで喫茶店に入り、アイスコーヒーを味わい休憩しました。それから観光案内所へ行き、華城への行き方を聞いて歩き始めました。水原市内はソウルと違い静かで落ち着いた街で、いかにも地方都市といった感じでした。30分位歩いたら、城の南門、八達門(パルダルムン)に着きました。

華城を歩いた体験

門を過ぎると華城行宮(ファソン ヘングン)の前の広場に出ました、入場料1,000ウォンを払って行宮を見物しました。近くに大長今(대장금、テチャングム)の撮影現場の看板がありました。そこから、城になっている裏山へ登り始めました、この前の江華島といい、今度の水原華城といい、全て徒歩ですから、体力のない人にはきついでしょう。

雨上がりの蒸した中、気温も高く、汗たらたら、汗が目に入るくらいでした。ようやく頂上に着いたら、世界文化遺産の石碑と搭が建っていました。この位置はソウル景福宮から真南にあり、この地は風水により決められたと言われています。

華城の建築には、1794年から1796年まで2年を越える月日と37万人の労力が投入されたといいますが。父が党争の犠牲になったこともあり、老論派の攻勢という難しい逆境を乗り切って王権を強化するためにさまざまな改革に着手した正祖ですが、1800年、病が悪化して49歳で予期せぬ死に倒れ、遷都は見送られました。

華城の頂上に立って、堅牢な城壁と水原の市街を眺めながら、改めて正祖の生涯をかけた事業がこの華城だったと確信しました。

イ・サンのドラマと重なる瞬間

城を降りると藁葺の小屋が現れました。私はそこで一休みすることにしました。冷たいビールと暖かいククスで一息いれながら前方を見ると、城に沿った道をタクシーが通りすぎて行くのが見えました。そして遺跡と水原の市内の近さに驚きました。

ここに私は正祖の人民を統治する精神を理解しました。華城築城に当たっては、自らの政治的理想を実現する象徴的都市建設を図るため、人民らに直接会ってその意見を政策に反映したとも言われています。父の墓を守る城は民の近くに置こうと思ったのでしょう。

ドラマで正祖役を務めたイ・ソジンもまた、「王も人間の心を持つ」という信念で正祖役を演じたと言っています。こういう俳優によって演じられたドラマイ・サンが素晴らしいのも当然だと思いました。

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