韓国好きの皆さんは、韓国の季節ではどの季節が好きですか?私は秋、9月の韓国が好きです。この記事は、主に私の1年間の韓国留学生活の締めくくりの出来事をまとめたものです。
シニア留学生だった私はキャンパスに留まらず、街に出て一般の韓国人とも接する機会を多く持つようにしました。その一つが区のハングル書道教室です。先生から頂いた餞別の扇には、素晴らしい励ましの言葉が書かれていました。
李君と読んだ、15世紀の日本旅行記
今日も9時から5時までフル回転の一日でした。9時に学校で李君と、昨日の授業の復習をしました。申叔舟(しん・しゅくしゅう)の『海東諸国記』や、宋希璟(そう・きけい)の『老松堂日本行録』など、15世紀の日本旅行記についてです。
こうした資料は、李君がいなければ、私一人ではきっと分からずじまいだっただろうと思います。その後、正門広場地下の出力室に行き、彼に高麗図書館所蔵の私が欲しかったテキストを出力してもらいました。
12時からは「韓国伝統文化の理解」です。引き続き「科挙」についての授業でした。それから図書館でパンと牛乳の昼食を済ませる。一息つけるのは、この30分ほどだけでした。
昼食後、自転車を走らせて、2時から韓国語の授業です。先生が「明後日は休みです」と言うので調べてみると、현충일(顕忠日)でした。国のために亡くなった人々を奉る祝日です。おかげで私は4連休になりました。ちょっとした小休止です。
最近は夕型になったのか、夕方になると頭がすっきりしてくるのです。下宿に帰ってから、書道と歌の練習、そしてサムギョプサルの夕飯を済ませたら、さすがに夜は何もする気力がなくなりました。今日の夜は休もう。4連休もあることだし。
先生の脱線話と、旧正月の遊び
「東アジアの中の韓国と日本」の授業では、先生が時々脱線します。私は、実はこちらの方が面白いと思っていました。
仏教が朝鮮から日本に伝わったことは、よく知られています。しかし、その経典をまとめる作業は、一個人でできるものではなく、国家事業だったといいます。経典をまとめたものを「大蔵経」と呼びますが、これは高麗が作ったものが最高峰なのだそうです。
なぜか。蒙古の侵略に苦しんでいた高麗が、その苦難から逃れることを祈願する目的で作ったからだといいます。国難のさなかに、これほど大規模な事業をやり遂げた背景を思うと、単なる歴史の一コマ以上の重みを感じました。
書道のお手本には、윷놀이(ユンノリ)と널뛰기(ノルティギ)という言葉も出てきます。ユンノリは、日本でいう双六のような遊び。ノルティギは、女の子たちが板の両端に乗ってシーソーのように飛び跳ねる遊びだそうです。いずれも、旧暦の正月に行われる遊びだといいます。
ことわざに見る、日韓のつながり
ハングル書道のおさらいをしていると、ことわざがよく出てきます。これが、日本のことわざとそっくりなのです。卵が先か鶏が先かはわかりませんが、とにかく、日韓は昔からどちらも多大な影響を及ぼし合ってきたということなのでしょう。
その例をいくつか挙げてみます。
쇠귀에 경읽기(牛の耳に経を読む)→ 馬に念仏
티끌모아 태산(塵集めて太山)→ 塵も積もれば山となる
고생끝에 낙이있다(苦労の先に楽がある)→ 苦あれば楽あり
지성이면 감천이라(誠を尽くせば、天も感動する)→ 至誠天に通ず
산이 있으면 골도있다(山があれば谷もある)→ 山あり谷あり
言葉の形は違っても、伝えようとしていることは同じ。こうした共通点を見つけるのも、留学ならではの楽しみのひとつでした。
ハングル書道教室、しげるさんの送別会
留学生活も残すところ一週間となりました。何かと落ち着かない毎日です。天気は毎日雨続きで、湿度も100%近い。日本の梅雨と同じように、むしむしとしている。この天気は帰国する日まで続くという予報でした。これが韓国の장마(チャンマ、梅雨)というものらしい。
10時、雨の中を傘をさして自転車に乗り、ハングル書道教室へ向かいました。教室に着くと、いきなりおばさんが「今日はしげるさんの最後の日なので、一緒に昼食を食べます。都合のいい人は参加してください」と声をかけてくれました。ありがたいことです。
先生が、扇子に餞別の言葉を書いてくださった。これがなんとも心に沁みる文章でした。
희망찬 사람은 그자신이 희망이다. 希望に満ちた人は、その人自身が希望だ。
길 찾는 사람은 그자신이 새 길이다. 道を探す人は、その人自身が新しい道だ。
참좋은 사람은 그자신이 이미좋은 세상이다. 真に良い人は、その人自身が既に良い世界だ
사람 속에 들어 있다, 사람에서 시작된다. 人の中にある、人から始まる。
다시 사람만이 희망이다. 再び、人だけが、希望だ。
계사년 여름 癸巳年(2013年)夏
칸노시게루 かんのしげる
큰 뜻을 이루세요 大望を遂げてください。
私の大望とは、一体何だろう。この年になっても、生き方に迷う私だが、胸を打つ言葉でした。
1年間もがいた結晶
大学のサイトで、今学期の成績を確認しました。結果は大体予想通りでした。韓国語のクラスは、すべて前学期より1ランク上のクラスでの成績です。ただ、やはり作文が一番点数が悪い。韓国語以外の専門科目は、正直なところ落第も覚悟の上で臨んだものだったが、なんとか単位は取れていました。
韓国語作文 89点 +B
韓国語会話 100点 +A
韓国語中級 94点 A
韓国文化の理解 89点 +B
東アジアの中の韓国と日本 79点 +C
1年間の全科目平均点は94点。これが、1年間もがき続けた結晶です。「おじいちゃん、1年間ご苦労様でした」なあ~んて、自分に向かって言ってみました。
誰に褒めてもらうわけでもないが、こうして数字にして見ると、それなりに感慨深いものがあります。李君との学び、先生の脱線話、ハングル書道教室での出会いと別れ―そのすべてが積み重なって、この一年があったのだと思います。

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