シニアになって韓国留学!高麗大生になり野球を応援ーテレビで見た思わぬ展開

皆さんは韓国の延高戦を知ってますか?この記事は私がシニアになって韓国留学した時、日本の早慶戦に例えられる韓国の伝統の一戦、延高戦を高麗大生になって応援した体験です。

激しい応援であわやスタンドから転げ落ちそうになる場面も。途中で会場を後にした私ですが、その後のテレビのニュースで見たゲームの思わぬ展開に仰天。

韓国留学時、高麗大生として迎えた、延高戦の朝

韓国留学時の2012年秋ある日の朝、キャンパスはいつもと違う空気に包まれていました。その日は授業が休講になり、私が所属していたクラスはまとまって蚕室野球場へ向かうことになっていたのです。延高戦(延・高戦)、韓国の高麗大学と延世大学が毎年秋に繰り広げる伝統の定期戦。日本でいえば早慶戦にあたります。両校にとって特別な一戦なのです。

シニアの留学生である私にとって、この日はただの観戦ではありませんでした。高麗大生の一人として、あの熱狂の輪の中に加わる日だったのです。野球、バスケットボール、アイスホッケーなど種目ごとに会場が分かれ、私たちのクラスは野球の応援へ。蚕室野球場に向かって地下鉄で球場へ向かいました。

韓国の延高戦とは何か

延高戦は、1925年の対抗戦を起源とする、高麗大学(当時・普成専門学校)と延世大学(当時・延禧専門学校)による伝統の定期戦です。日本統治時代、朝鮮の二大私学として、両校の対抗意識は早くから育まれていました。

現在では、サッカー・野球・バスケットボール・ラグビー・アイスホッケーの5種目で、毎年秋に総合的な勝敗を競い合います。面白いのは、その呼び方。高麗大学が主催する年は「延・高戦」、延世大学が主催する年は「高・延戦」と、順番が入れ替わるのだそうです。2012年は高麗大学の主催年でした。

単なるスポーツ大会にとどまらず、応援合戦や学生同士の交流イベントも盛んに行われ、両校の学生だけでなく、韓国全体でも注目される秋の風物詩となっています。

私の印象では、山のそばにある高麗大が早稲田で、街の中にある延世大が慶応かな?延世大はともかく、高麗大は何もかも質実剛健を感じました。

応援の熱気

蚕室野球場に着いて、まず圧倒されたのはスタンドを埋め尽くす赤一色の応援団でした。高麗大のスクールカラーである赤が、球場の一角をびっしりと染め上げている。その光景だけで、鳥肌が立つほどの迫力でした。

応援は、ただ座って見守るようなものではありませんでした。応援団のリードで歌を歌い、隣の人と肩を組み、体をぶつけ合うようにして声を張り上げる。私も気づけば周りの学生たちと一緒に肩を組み、慣れない韓国語の応援歌を口ずさんでいました。

スタンドの傾斜は思った以上に急で、リズムに合わせて体を揺らすうち、あわや転げ落ちそうになる場面も。慌てて前の席の学生の肩をつかんで事なきを得ましたが、それほどまでに応援に夢中になっていたということでもあります。

グラウンドでは伝統衣装をまとった応援団員が華やかに舞い、球場全体の熱をさらに引き上げていました。声援、太鼓、そして揺れるスタンド。シニアの身には少々こたえる激しさでしたが、この一体感は、若い学生たちに混じっていたからこそ味わえたものだったと思います。

応援を後にして

熱気に包まれる中、私は試合の途中で席を立たなければなりませんでした。理由は外国人登録証の受け取り。留学生である以上、避けて通れない用事です。応援の輪から抜け出すのは正直名残惜しかったのですが、こればかりは仕方ありません。

手続きを終え、下宿に戻った頃には、すでに試合の結果も気になり始めていました。まさかそこで、思いもよらないニュースを目にすることになるとは、この時はまだ知る由もありませんでした。

昼のニュースで知った乱闘

下宿に戻り、何気なくテレビをつけると、ちょうど昼のニュース番組が延高戦の話題を伝えていました。私が球場を後にした後、試合に何かあったらしいのです。

画面に映し出されたのは、両校の選手たちが入り乱れる緊迫した光景でした。7回、高麗大が3対0とリードする場面で、延世大の走者が二塁へ進もうとした際、高麗大の二塁手と接触。これがきっかけとなり、両チームの選手がグラウンドに詰め寄る、いわゆる「ベンチクリアリング」に発展したというのです。

試合は一時中断されましたが、最終的には高麗大が3対1で勝利したとのこと。応援席であれほど盛り上がっていた一戦の裏で、まさかそんな一幕があったとは。生で見届けられなかったことが悔やまれると同時に、テレビの画面越しにもその緊張感が伝わってくるほどの出来事でした。

まとめ

シニアになっての留学生活の中で、あの延高戦の一日は、忘れられない思い出の一つになりました。日本の早慶戦を思わせる伝統の一戦を、観客としてではなく、高麗大生の一人として応援できたこと。スタンドを埋め尽くす赤い応援団の熱気、体をぶつけ合うほどの一体感は、若い学生たちに混じったからこそ味わえたものでした。

途中で会場を後にしたのは残念でしたが、そのおかげで、テレビのニュースで乱闘のニュースを知るという、ちょっとした後日談まで手に入れることになりました。現場では見られなかった出来事も含めて、あの日全体が、韓国での学生生活を象徴する一日だったように思います。

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