韓国留学で見た貴重な記録ー頭に盆を乗せて運ぶ、韓国伝統の配達文化

韓国好きの皆さんは、韓国で頭に盆を乗せて歩く女性を見たことがありますか?この記事は韓国留学中、東大門市場で見た、頭に盆を乗せて歩く女性を見て、調べたことをまとめたものです。

同じ人間でありながら、日本にはなく、韓国では伝統となっていた、頭に物を乗せて移動する文化にも触れてみました。

東大門市場で見た、頭に盆を乗せて運ぶ光景

留学中、東大門市場を歩いていると、何度か不思議な光景を目にしました。頭の上に大きな盆を乗せ、その上に器や食べ物を載せたまま、雑踏の中を歩いていく人々の姿です。

両手はほとんど使わず、絶妙なバランスを保ちながら、狭い通路を縫うように進んでいく。日本では、まず見ることのない光景でした。おそらく、忙しい店の商人たちが近くの食堂に注文し、それを配達しているのだろうと想像していましたが、詳しいことまではわかりませんでした。

あの時見た光景が、いったい何だったのか。留学を終えてから、改めて調べてみることにしました。

「쟁반배달(盆配達)」という文化

調べてみると、あの光景には「쟁반배달(チェンバンペダル)」という名前がついていました。日本語に訳せば「盆配達」、つまり大きな金属製の盆(トレー)に器を乗せ、頭に載せて運ぶ、韓国の伝統的な出前スタイルです。

この文化は、特にソウルの南大門市場でよく知られていますが、東大門市場をはじめとする伝統市場全般で見られてきた光景です。市場の中で働く商人たちは、忙しくて食事のために店を離れる余裕がありません。そこで、近くの食堂に注文をすると、配達人が頭に盆を乗せて、狭い通路を縫うように届けてくれるのです。

長年この仕事に携わってきたある女性は、朝9時から午後3時まで働き、1日の歩数は5万歩を超えるといいます。両手を自由に使いながら、頭の上でバランスを取り続けるその技術は、長年の経験によって培われたものなのでしょう。
私が東大門市場で見かけたのも、まさにこうした配達人たちの仕事ぶりだったのです。

もっと古い記憶ー「이다」という伝統的な運搬文化

さらに調べを進めるうち、この「頭で運ぶ」という行為自体が、もっと古くから朝鮮半島に根付いてきた文化だということがわかりました。韓国語では、頭に物を乗せて運ぶことを「이다(イダ)」といいます。

朝鮮時代の風俗を描いた絵画や写真には、水瓶を頭に乗せて井戸から水を汲む女性たちの姿が数多く残されています。重い水瓶を、両手を添えるだけで頭の上に安定させ、しなやかな足取りで歩く姿は、朝鮮の女性たちの暮らしを象徴する光景の一つでした。

その記憶は、平和な時代だけのものではありません。朝鮮戦争当時、米軍のカメラマンが撮影した写真の中には、家財道具を頭に乗せて丘を下る、避難民たちの姿も記録されています。戦火を逃れる中でも、人々は変わらず、頭に荷を乗せて運んでいたのです。

水汲みの女性も、避難民も、そして東大門市場の配達人も。時代も状況もまったく異なるのに、そこには同じ「頭で運ぶ」という身体の記憶が、脈々と受け継がれていました。私が市場で見た光景は、こうした長い歴史の、ごく現代的な一断面だったのです。

今、消えつつある光景

しかし、この「盆配達」という文化は、今まさに消えつつあるといいます。
30年あまりこの仕事を続けてきたある方は、「この盆配達の文化も、まもなく過去の遺物になるだろう」と語っています。

物価の上昇や、市場を訪れる商人たちの減少により、出前を頼まず、自分で弁当を持参する人が増えているというのです。実際に、かつて賑わっていた市場の一角が、今では閑散としている様子も報じられていました。

一方で、この光景は近年、外国人観光客が撮影するショート動画の題材として注目を集め、「元祖K配達」として紹介されることもあるといいます。しかし、そうして脚光を浴びる一方で、実際にこの仕事を担う人々は高齢化し、市場の中では静かに姿を消しつつあるのが実情のようです。

長年培われてきた技術と、そこに宿る朝鮮半島の身体文化が、時代の変化とともに静かに終わりを迎えようとしている。そのことを知った時、私はあの日、何気なく目にしていた光景の重みを、改めて感じずにはいられませんでした。

あの時見た光景の重み

留学中、私はただ「日本では見かけない、珍しい光景だ」としか思っていませんでした。カメラを向けることさえ、思いつきませんでした。

しかし今振り返れば、あれは、朝鮮戦争の避難民の姿にも通じる、長い歴史を背負った文化の、最後の輝きだったのかもしれません。数十年後には、もしかしたら誰も実際に目にすることができなくなっているかもしれない光景を、私はあの時、確かにこの目で見ていたのです。

何気なく通り過ぎていた市場の片隅に、これほどの歴史と、今まさに失われようとしている文化が息づいていたとは、当時の私には知る由もありませんでした。知らないままに見過ごしてしまう記憶が、世の中にはまだまだたくさんあるのだろうと思うと、少し寂しいような、それでいて、あの瞬間に立ち会えたことを幸運に思うような、複雑な気持ちになります。

まとめ

東大門市場で何気なく目にした、頭に盆を乗せて運ぶ人々の姿。そこには、朝鮮時代の水汲みの女性から、朝鮮戦争の避難民、そして現代の市場の配達人まで、時代を超えて受け継がれてきた「頭で運ぶ」という身体の記憶が刻まれていました。

そして今、その文化は静かに終わりを迎えようとしています。私が留学中に見たあの光景は、もしかしたら、これから先の世代がもう目にすることのできない、貴重な記録の一コマだったのかもしれません。

何気ない日常の風景の中に、これほどの歴史が眠っていることを教えてくれた、忘れられない発見でした。

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