東京の新大久保に集まる韓国好きの若者達の、おそらくその親の世代と思われる団塊の世代は韓国時代劇をどう観ているのでしょう?この記事は韓国時代劇が好きな団塊の世代である筆者が、韓国時代劇に対する思いをまとめたものです。
この記事を読んで頂ければ、韓国時代劇に対する団塊の世代の人達の気持ちが理解出来、一衣帯水の関係にある隣国との長い歴史の上に現代の日韓関係があり、韓国時代劇における近現代の両国の傷に関するシーンも理解できるでしょう。
韓国ドラマ 時代劇ランキング!
団塊の世代である私が今まで観た韓国時代劇は決して多くはないですが、心に残った時代劇を挙げてみたいと思います。いずれもイ・ビョンフン監督の作品になります。どうりで優劣をつけるのが難しかった訳です。5作品だけにしてみましたが、「チャングムの誓い」が入ってないのは、私が男性だから女性が主人公のドラマは除きました。簡単な感想を付けました。
第一位ー「ホジュン~宮廷医官への道」
何と言っても韓国で史上最高視聴率63.7%を記録したドラマです。医学上の偉人を扱ったストーリーは面白く感動もしました。
第二位ー「商道(サンド)」
訳官から商売の世界へ転身した実在の男の物語。結ばれない男女の悲恋もあり、自分の生き方と比べ興味深く観ました。
第三位ー「薯童謠(ソドンヨ)」
三国時代日本とも縁の深い百済王の新羅王女との恋物語。古代のドラマに今に伝わる百済の技術が生きている。
第四位ー「イ・サン」
イ・サン(後の正祖)の幼き日誓った目標、父の無実を晴らすことの象徴が水原華城。その水原華城に行ったことがあるだけに興味深々。
第五位ー「馬医」
馬医から王の主治医「御医」になる男の物語。因縁の医女との控え目の恋も美しい。私が韓国留学中観た思い出のドラマです。
韓国時代劇に魅せられた私の14年
昭和20年代生まれの筆者は在職中に「冬のソナタ」にはまり、その後、韓国時代劇を見て、字幕を見ないでも韓国ドラマが分かるようになりたいという動機で韓国語と韓国文化を学びに大学3年に編入学しました。そして4年になって還暦を過ぎていたにも拘わらず 韓国(ソウル高麗大学校)に1年間留学しました。
学部を卒業後は大学院に進み、韓国文化を専攻し朝鮮史研究会にも入りました。そして在日朝鮮人の発行した雑誌『季刊三千里』について博士論文を書いていましたが、母の介護が必要になり大学院は退学を余儀なくされ、やがて母は亡くなりました。
大学編入学以来14年間、私を動かしていたものは韓国(朝鮮)文化や韓国時代劇です。言い換えれば、それらになぜこんなにも引き込まれたのか。その答えを探すうちに、私は日本と朝鮮半島の長い歴史へと自然に引き込まれていきました。『季刊三千里』全50冊はそれらを学ぶうえの絶好のテキストであったと思います。
韓国時代劇の魅力――団塊世代の目に映るもの
私達は、日本の高度経済成長、バブル期、経済停滞期の激しい変化の時代を懸命に生きてきました。会社の倒産、合併などに会いながらも働き、家族を養い、定年を迎えました。その人生の体験が、韓国時代劇の中に「共通するもの」を見出させるのだと思います。
儒教的な道徳の束縛の中の礼節
韓国時代劇には、儒教的な道徳が色濃く映し出されます。親への孝、君主への忠、長幼の序ーこれらは私の会社員時代にも確かに存在した価値観です。「上司は絶対」「家族のために自分を犠牲にする」という道徳は、私達の世代には身に染みています。だからこそ、主人公が理不尽な権力に抗いながらも礼節を失わない姿に、深く共感できるのです。
雄大な歴史スペクタクル
「朱蒙(チュモン)」「太王四神記」ーこれらの大作時代劇は、雄大さにおいて日本の大河ドラマに決して引けを取りません。古代の伝説を材料にした脚色、古風蒼然とした撮影現場、精緻に再現された宮廷セット。「昔の時代劇は夢があった」と嘆く私たちの世代にとって、韓国時代劇はむしろ「あの頃の夢」を取り戻した娯楽として映ります。
女性の見直しと社会の矛盾
「チャングムの誓い」の主人公チャングムは、女性が医術を学ぶことも宮廷で活躍することも不可能な時代に、己の道を貫き通した。このストーリーは、高度成長期に結婚とともに退社することが、当然とされた時代を生きた日本女性に、自己の体験と比較して観る機会を与え、韓国時代劇における女性主人公の活躍に、同世代の女性視聴者は共感したのです。
韓国時代劇における近現代の傷に向き合う
団塊の世代である私たちの親は植民地時代を生きた世代です、父から朝鮮に関する話を聞いたことはありませんが、戦後日本はその歴史の傷を密閉し、高度成長へとまっしぐらに進んでいったのでした。
しかし、韓国時代劇を見ていると、その傷と向き合わずにはいられない光景が出てきます。日韓の歴史において双方に最も深い傷が刻まれたのが、まさに私たちの親の世代だったのではないでしょうか。
朝鮮王朝末期を描いたドラマには、しだいに自主を失っていく国家の独立、失われる伝統、引き裂かれる家族が登場してくる。それらを「向こうの出来事」として画面を眺めるのではなく、「親達が築いた両国の歴史の延長上に自分が立っている」と思ったとき、初めて隣国の時代劇の近現代の傷を直視できるのではないでしょうか。
韓国時代劇ー画面の向こうの隣人
韓国時代劇の一場面が、ふと目に浮かぶことがあります。清楚な初々しい女官が、権力に抗いながらも丁寧にお辞儀をする場面、私はそこに千年を超える文化の伝統の重さを感じます。
日本と朝鮮半島は近くて長い歴史的関係から、一衣帯水と言われる隣国同士です。古代には日本が文化を教えてもらい、中世には日本が侵略し、近代には日本が壊滅的な征服を行った。そうした長い歴史の上に今のの日韓関係があるのです。
定年後のひとり老後の日々、私はテレビの画面に向かいながら韓国時代劇を通じて「隣国の歴史」を学んでいる。それが出来ることが私が韓国時代劇にに魅かれる大きな要因であるかも知れません。

コメント